
近年、働く場創りにおける最多のテーマは、
- 集中できる環境創り
- コミュニケーションの活性化
この2つ。オフィス向けの家具や設備・IT機器の中には、ソリューションとなり得るプロダクトが多数流通するようになりましたが、まだまだ手探り状態なのが、「音環境」の問題。
働く場にふさわしい「音」とはどんなものなのでしょうか。FRSでは、課題解決につながるサービスの開発のひとつとして、「音環境」について専門家のご指南をいただいています。
今回は、アドバイザーとしてご協力いただいている、環境音楽の第一人者として知られる小久保隆先生に、環境に相応しい音について、お話をお聞きすることができました。働く場の課題解決の一助として、ぜひご一読ください。
(本稿は2022年4月8日にZOOMでオンラインインタビューさせていただいた内容をもとに制作しています)
人と環境の間に「音」がある

環境音楽家・音環境デザイナー・メディアプロデューサー
小久保 隆氏
主な作品に「ウィー、ウィー、ウィー」の携帯電話緊急地震速報のアラーム音や、電子マネー「iD」のサイン音、ゲーム音楽などの制作多数。同氏制作楽曲が収録されたコンピレーションアルバムは2020年グラミー賞(最優秀ヒストリカル・アルバム部門)にノミネート。2021年、Blu-ray作品『Sound Scapes 音のある風景』をリリース。
商業施設や繁華街、オフィスや住宅など様々な「環境」があります。音環境は、どのようにデザインされるのでしょうか
空間には、音だけでなく建築や設備など、たくさんのアイテムが必要です。それらはすべて「人はなぜその場所を訪れるのか」を考えることから始まります。音環境デザインにおいて、
その目的を達成できる「音」とは
彼らが欲している「音」とは
どんなものが相応しいのかを考えていきます。訪れる人と環境の間にあるひとつのメディアに「音」があると考えています。
建築工程のどの段階から関わられているのでしょうか
商業施設でいえば、構造体、建築が出来上がった段階で「この環境にどう音の付加価値を付けたらよいのか」とリクエストされる場合もあれば、構造体から建築・スピーカーの位置まで全て出来上がっている状態でリクエストいただくケースもあります。
前者のほうが、スピーカーなどハードウェアのプロデュースができるのでより良い音環境が創れると思います。早ければ早いほど良いですね。理想を言えば、その施設のコンセプトデザインの段階から入れるのがベストです。
先生のお仕事でよく知られるもののひとつに、携帯端末の緊急地震速報がありますが、先生の他のお仕事とだいぶ毛色が違う印象があります
そのことは本当によく言われますが、私にとっては全く一緒なのです。「ある環境と聴衆がいて、求められる世界観に応じて最適な音をデザインした結果」なのです。天災などの起きている事象を、日常生活を送っている人たちに間違いなく伝えるにはどうすべきかを考えた結果、あのアラーム音に行き着きました。
まさに、課題解決のための「音」なのですね。当初からそういうスタンスで創作活動をされているのですか
そうではありません。80年代、テクノポップが大流行したときには、シンセサイザーを使ってテクノポップの楽曲制作のお手伝いをしていました。当時、そういった音楽を創っていることに、どうしても居心地の悪さを感じていました。
「自分自身がいちばん居心地の良い音の在り方」を考え続けているうちに、自然と辿り着いたのが環境音楽だった。当初は、それが「環境音楽」とか「アンビエント・ミュージック」と呼ばれるジャンルのものだとも知らず、「環境音楽家」は後々付いてきたものでした。
なぜ環境音楽に辿り着いたのでしょう
振り返って整理してみると、ストレスフルな現代社会システムに起因するように思います。例えば、現代IT化が著しく進んで生産性が何倍も向上したはずなのに、一般的な労働時間は20年前からほとんど変わっていない。ということは、成果物の要求レベルが何倍も上がっているということです。そういう社会で働くストレスを少しでも、音によって拭い去ることができないかと考えています。
見えない力によって行き着いた先が社会課題の解決策だった、ということなのですね
クリエイターの性分として、地球や社会というような大きな存在の求めている世界観に自然と反応して、共鳴していくものなのかもしれませんね。
働く場に相応しい音環境とは

働く場における「音」選びの基準のようなものはありますか
音の選び方は、個人の嗜好の違いがあるので、原則的には自分に合うものを発見するべきだと思います。ある人は、ヘビメタを聞いたときに最もリラックスできると言います。それはひとつの正解で、その人の価値観や歩んできた道のりがそういう効果を生み出すのでしょう。ただ、そういう人は少し特殊なケースで、大勢の人に当てはまる音楽とはやはり違います。
リラックスのためには、自律神経のうち副交感神経を優位にさせることが有効で、そのための音の在り方があります。人間の身体は、音に対して脳が反応して、リズムやテンポに同調しようとする性質があります。これをうまく活用するといい。
例えば、気分が落ち込んでいるときは、その精神状態に寄り添う静かで落ち着いた曲調を選び、徐々に気分を高揚させる音楽へと移行していくことで、脳が音楽に共感してもらったような感覚になり、少しずつ気持ちが盛り上がっていきます。このとき、気分を高揚させようとして、最初からアップテンポな音楽を選ぶと、脳はそれに付いていくことができず、逆効果になってしまうことがあるので注意してください。
求める精神状態に合う「音」だけを考えてしまいがちですね。他に意識するべきことはあるでしょうか
「呼吸を少しゆっくりに」させることも大切です。私の音楽では聴き終わったときに、聴き始めたときよりも自然と呼吸がゆっくりになっている状態を目指しています。ゆっくりとした呼吸は、免疫力を高めることにも繋がります。音以外では、アロマや、お風呂に浸かることなどでも同様の効果が期待できます。
免疫力はコロナ禍でさらに注目されていますが、音楽でも実現できるのですね
呼吸をゆっくりにすることは、万能だと私は考えています。呼吸をゆっくりにさせると、副交感神経が優位の状態になります。それは、免疫力の高い状態になるということです。
・呼吸をゆっくりにする時間をルーティンとして持つ
・呼吸をゆっくりにする楽曲のプレイリストを持つ
日頃からこういったことを行なうことは、働く場における集中やコミュニケーション活性化の観点でも大変有意義な手段だと思います。
「Silent」と「Quiet」

働く場では、「集中力を高める」、「コミュニケーションを促進する」仕掛けやデザインが求められることが多いのですが、働く場に相応しい音は、どのようなものでしょうか
働く場には、全く音がない「無音状態」が良いと考える人は少なくありませんが、そうではありません。このことは、「Silent(サイレント)」と「Quiet(クワイエット)」の違いについて説明するとお分かりいただけると思います。
Silentは、騒音計で計測したときに針がまったく振れない状態です。それを実現した「無響室」という、製品の音を測定したり、直接音のみを録音したいときに使用される部屋があります。過去に、その完全な無音状態である無響室で、全ての明かりも消した場合にどの程度耐えられるかを自ら実験をしたことがありますが、5分と耐えることができませんでした。Silentな状態は、極端に不自然な状態で決して心地良いものではありません。このことから、働く場の活性化のためにSilentは目指すべき音環境ではないと考えます。
少し想像しただけでも気がおかしくなりそうです
一方で、Quietは、穏やかな音の状態で、人が心地良さを感じることができます。いちばん力を発揮するのは、やはり自然の音です。自然界には、穏やかな風の音や、川のせせらぎ、木々の揺れる音などがあります。そういう環境では、脳はそれらの音が存在していないかのような、安定した状態を示します。
自然の音のBGMは、コロナ禍をきっかけにYOUTUBEなどでもたくさん目にするようになりました
集中するためにも、他者とのコミュニケーションにも、精神を安定させることは欠かせないので、Silentではなく、Quietな音の状態を目指す音環境が望ましいと考えます。自然の穏やかな音は脳にとって邪魔にならず、ずっと聞いていることができます。
先生の理想に近い音環境を実現できている施設などはありますか
私が理想とする音環境のひとつに、ベトナムのニャチャンに、シックスセンシズ・ハイダウェイ・ニンヴァンベイ(※1)というデラックスリゾートがあります。
例えば、ハワイのリゾートホテルでは、大抵BGMはハワイアンミュージックでハワイに滞在している気分を盛り上げようと演出しますよね。それが、ここではまったくそういうことはない。デザインワークとして制作されたのかどうかは分かりませんが、穏やかな波の音が絶妙なリズムで流れているだけなのです。こういう音の在り方は理想ですね。
※12008年に「エヴァソンハイダウェイ」から名称変更
「鑑賞音楽」<「環境音楽」
環境音楽のマスキング効果について教えてください
例えば、飲食店で音楽がかかっていないケースはほぼないと思います。それらの音楽は、ブランディングのために選ばれたものと、サウンド・マスキング効果を期待したものであることがほとんどだと思います。静寂の中で飲食していると、周りのテーブルの会話や食器の音など、あらゆる音が雑音として耳に飛び込んでくることになりますので、リラックスして食事を楽しむことは難しいでしょう。
その点で音楽は、パーティションを立てるなどの物理的な遮断をせずとも、自分たちの空間を確立することができます。音にはそういう力がありますね。
働く場でも同じことが言えるのでしょうか
働く場では少し違って、「鑑賞音楽」ではなく「環境音楽」を選ぶべきだと思います。ダイレクトなメッセージ性を極力持たない音楽が相応しい。それらはQuietな環境とは対極にありますから。
ダイレクトなメッセージというのは、例えば15秒CMなどが分かり易いと思います。このときには、ダイレクトで高刺激型のメッセージが必要です。そういうものでなければ視聴者に何らかの直接的なアクションを起こさせることはできないためです。
環境音楽のQuiet型のメッセージは、超低刺激型のじわじわ型。込められたメッセージ性は非常に強いですが、印象的な言葉やメロディをともなわない、刺激としては弱いものです。やはり自然の音は最適だと言えます。
Sound Scapes 音のある風景

2021年にリリースされたBlu-ray『Sound Scapes 音のある風景』について教えてください
私の30年来のライフスタイルとして、年に3回、海外の「Quietのある場所」に身を置くと決めており、これまで世界50ヵ国を訪れています。訪問先各地ではフィールドレコーディングを行なうわけですが、その音源と、そこから得たインスピレーションを山梨のスタジオに持ち帰って、楽曲制作しています。

自然の中に佇むと、自然と自分が一体化する境地を体感することができます。そこには穏やかな音と、素晴らしい風景が在って、大きな相乗効果を生み出しています。かつては、音のみのアプローチでQuietの感覚を表現してきましたが、15年ほど前からは、音だけでなく、高精度のカメラ、ドローンやタイムラプスなどの映像も融合させた、より高度なQuietな作品を創るようになりました。
自然の音と、その音がある風景の映像、そこから生まれた曲、3つで構成された「ワンカット10分間で1曲」の真のQuietを実現する映像集として完成した第一弾が「Sound Scapes 音のある風景」なのです。
まさに集大成というわけですね
現代社会は、Quietとは反対側の音楽・映像コンテンツに溢れている。脳のバランスを整えてあげるためにも、Quietな音楽を採り入れることが大事だと思っています。Quietな環境に身を置いて自分自身で体感したことを、聞き手に表現者として伝えていくことが使命だと思っています。
働く場においても、Quietな音が重要だということがよく分かりました。これからも、働きやすい音環境の実現のためのアドバイスをよろしくお願いいたします。本日は、貴重なお話をありがとうございました。
(著:FRS広報チーム)
製品のご紹介

Takashi KOKUBO presents 『Sound Scapes 音のある風景』Blu-ray好評発売中。
■発売元 :(株)アイ・ヴィー・シー
■電話番号:03-6807-4260
■一般価格:¥3,800(税) ※家庭での視聴・鑑賞用
■法人/オフィス/施設でのご利用は、法人価格にて承っております。詳しくは、上記のPDF(画像クリックでダウンロード可能)をご参照の上、(株)アイ・ヴィー・シーまでお問合せ下さい。